花筐館<葵の間>

 
  美濃高須藩主家(尾張徳川家御連枝) 高須松平氏(四谷松平氏)系譜
   
初代 松平義行(幼名:岩之丞/院号:崇厳院)(1656-1715) ※実父は尾張名古屋藩主徳川光友
正室 青陽院 吉姫(良姫)(毛利綱広女)(?-1675)    
継室 嶺松院 松姫(榊原政房女)(?-1733) 源之助(1683-1687) 幽崇院
側室 鈴木氏 寵姫(長姫)(1692-1694) 慈峯院
鍋姫 春林院
弁之助(1701) 耀岳院
側室 小倉氏?上月氏? 武雅(初名行高)(1702-1728) 顕徳院、幼名新之助
上野館林藩二代藩主(越智松平氏)
母追跡中 八重姫(1689) 真照院
富姫(1689-1690)  
阿久利姫(1694) 夏月院
松姫(1695) 浄真院
三姫(1696-1698) 芳林院
孫次郎(1698) 理体院
亀姫(?-1703)  
女子(?-1705) 春霄院
吉五郎(?-1706) 法慈院
鉄五郎(1707)  
きわ姫(?-1709)  
二代 松平義孝(幼名:万三郎/院号:高徳院)(1694-1732) ※実父は尾張名古屋藩主徳川綱誠
許嫁 内藤信秀女    
正室 香樹院 恵喜姫(本庄松平資俊女) 長女 茂登姫(元姫)(1713-1749) 真覚院
陸奥守山藩主松平頼寛室
三代 松平義淳(幼名:代五郎、初名:友相、尾張徳川宗勝/院号:賢隆院)(1705-1761) ※実父は川田久保松平友著 →尾張徳川家へ転出
四代 松平義敏(幼名:秀之助/院号:蒼岳院)(1734-1771) ※実父は尾張名古屋藩主徳川宗勝
正室 清泰院 幾姫(守山松平頼寛女)(1733-1773) 長女 純姫恵子(初め増姫)(1759-1816) 咸有院(感有院)
出羽米沢藩主上杉治広室
長男 徳川治行(初名義柄)(1760-1793) 憲聡院、幼名源次郎
五代藩主、のち尾張名古屋藩主家世子
次男 義裕(初名柄常)(1762-1795) 本崇院、幼名哲之助
六代藩主
次女 文姫(1763-1765) 浄月院
死産(1767)  
母追跡中 三男 裕民(1770-1786) 聖龍院、幼名富之丞・茂三郎
五代 松平義柄(幼名:源次郎、尾張徳川治行/院号:憲聡院)(1760-1793) →尾張徳川家へ転出
正室 聖聰院 従姫志子(紀伊徳川宗将女)(1757-1804) 長男 五郎太(1781-1794) 寛柔院
側室 雲晴院 染浦・れよ(岡本氏) 長女 俊姫厚子(多姫静子)(1780-1792) 蓮沼院
近衛基前室
六代 松平義裕(幼名:哲之助、初名:柄常/院号:本崇院)(1762-1795)
許嫁 巻姫(中川久貞女)    
正室 清徳院 恒姫(時姫)(水戸徳川宗翰女)(1754-1786)    
側室 栄教院 筒井氏(?-1810) 長女 董姫(1788-1851) 天月院のち照月院
美濃高須藩主松平義居室
側室 某氏 男児死産(1789) 智乗院
七代 松平義当(幼名:幸之丞、初名:勝当/院号:大慈院)(1738-1801) ※実父は尾張名古屋藩主徳川宗勝
側室 三沢(佐合氏) 長男 久之丞(1769-1771) 幻寿院
側室 法琳院 世野(代野)(?-1826) 長女 琴姫(維姫)(1785-1847) 維学心院
加賀金沢藩主前田斉広室/近衛基前室
八代 松平義居(幼名:亀之助/院号:広恩院)(1785-1804) ※実父は一橋徳川治済
正室 照月院 董姫(高須松平義裕女)(1788-1851)    
九代 松平義和(幼名:泰之丞、初名:保右/院号:泰量院)(1776-1832) ※実父は常陸水戸藩主徳川治保
側室 清琳院 おたき(平松氏)(?-1849) 次男 義建(1800-1862) 芳潤院、幼名範次郎
十代藩主
三男 容敬(1804-1852) 幼名慶三郎
陸奥会津藩八代藩主(会津松平氏)
母追跡中 長男 義質(1796-1809) 融光院、幼名篤之助
長女 (1797)  
四男 遠藤胤昌(1804-1856) 直諒院、幼名邦之丞
近江三上藩世子(遠藤氏)
次女 宣姫(1816-1844) 雲台院
出雲広瀬藩主松平直諒室
十代 松平義建(幼名:範次郎/院号:芳潤院)(1800-1862)
正室 真証院 規姫(水戸徳川治紀女)(1797-1851) 長女 潤姫(1819) 戒定院
長男 源之助(源次郎)(1821-1822) 琳樹院
次男 徳川慶勝(初名義恕)(1824-1883) 賢徳院、幼名秀之助
尾張名古屋藩十四代・十七代藩主
三男 武成(初名建寛)(1825-1847) 大憲院、幼名寧四郎・鎖之丞
石見浜田藩三代藩主(越智松平氏)
四男 整三郎(1827) 本瑞院
側室 陽清院 美佐尾(尾崎氏) 五男 徳川茂栄(初名建重・義比)(1831-1884) 顕樹院、幼名鎮三郎
十一代藩主義比→尾張名古屋藩十五代藩主茂徳→一橋徳川家相続
側室 善孝院 お千代(小森義孝女) 七男 容保(1836-1893) 幼名銈之丞
陸奥会津藩九代藩主(会津松平氏)
十男 義勇(1859-1891) 幼名範次郎
十三代藩主
側室 奥山氏(今西氏?) 八男 定敬(1847-1908) 大心院、幼名鍥之助・鎮之助
伊勢桑名藩四代藩主(久松松平氏)
母追跡中(すべて側室腹) 女児死産(1830) 顕乗院
女児死産(1833) 顕実院
六男 (1835) 微妙院
次女 嘉姫(1838-1839) 祥樹院
三女 多美姫(1841-1842) 稚賢院
四女 春姫(初め鋪姫)(1842-1851) 法性院
五女 幸姫(1845-1872) 貞松院
出羽米沢藩主(伯爵)上杉茂憲室
九男 鉄丸(1849-1850) 良智院
六女 栄姫(1851) 玄曉院
某(1853-1856)  
十一代 松平義比(幼名:鎮三郎、初名:建重、尾張徳川茂徳、一橋徳川茂栄/院号:顕樹院)(1831-1884) →尾張徳川家へ転出
十二代 松平義瑞(幼名:秀麿/院号:泰厳院)(1858-1860) ※実父は一橋徳川茂栄
十三代 松平義勇(幼名:範次郎)(1859-1891)
十四代 松平義生(幼名:小次郎、初名:英周/院号:信楽院)(子爵)(1855-1920) ※実父は丹波園部藩主小出英教
正室 道姫(尾張徳川慶勝女)(1856-1875)    
継室 松平安子(府中松平頼縄女)(1861-1921) 加免(1881)  
義敦(1882)  
義為(1883-1947) 高須松平家十五代当主(子爵)
母追跡中 義典(1889-?)  
義守(1894-1919)  
公子(1897-1961) 庭田重行夫人
義忠(1900-1964)  
義利(1902-)  
十五代 松平義為(子爵)(1883-1947)
夫人 小出敏子(小出英尚女)(1891-1973) 秀子(1911-1980)  
義明(1913-) 高須松平家十六代当主
十六代 松平義明(1913-)
夫人 川喜田紫子(川喜田久太夫女)(1916-) 輝子(1938-)  
祝子(1940-)  
   
  *参考文献*
  平成新修旧華族家系大成(上下)(霞会館華族家系大成編輯委員会/1996年発行)
  徳川諸家系譜(続群書類従完成会/1982年発行) 含幕府祚胤伝
  新訂寛政重修諸家譜(続群書類従完成会/1964-1965年発行)
  名古屋叢書三編 第一巻 尾張徳川家系譜(名古屋市教育委員会/1988年発行)

 

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